NBAバスケットボールチームのシカゴ・ブルズについて

 

NBAで活躍している、シカゴ・ブルズを調査しました。

 

 

シカゴ・ブルズとは?

アメリカのイリノイ州にあるシカゴを本拠地としているシカゴ・ブルズは、チームが発足した当初から常に地元の強い期待を背負ってチーム運営が行われているという歴史があります。

その理由はシカゴには1946年から1950年にかけてプロバスケットボールチームが存在していたもののすぐに消滅してしまい、その後誕生したプロバスケットボールチームも1962年から1963年までのたった1年間の活動期間を経て消滅してしまった過去があるためです。

1963年を最後にシカゴにはプロバスケットボールチームが存在しない状態であり、地元にプロバスケットボールのチームが無いというのは、バスケットボールが国民にとって非常に身近で大事にされているアメリカでは大変悲しい事でした。

その後バスケットボールのチームが無いという空白の3年間を過ごした後、満を持して設立されたのがNBAのバスケットボールチームであるシカゴ・ブルズです。

当初のシカゴ・ブルズは新興チームでありつつも、発足して間もないチームであるとは微塵も感じさせない試合運びを見せつけ、新興チームとしては異例のプレーオフに進むという功績を打ち立てました。

暗黒時代

ジェリー・スローン

しかし、当初の勢いをそのまま維持する事ができずに勝率が5割を下回ってしまう時期も長く続いてしまい、シカゴ・ブルズの歴史においていわゆる暗黒時代に突入してしまいます。
勝つ事ができない現状を打破すべく、1970年代にはシカゴ・ブルズの過去に低迷していたチームを何度も救ってきた名監督が入れ代わり立ち代わり在籍しますが、根本的な解決には結び付けられずシカゴ・ブルズに所属していた得点王であるスター選手もチームを離れてしまう始末でした。

レジー・セウス

救世主

ネイト・ロビンソン

地元のシカゴでも再び地元チームが無くなる日はそう遠くないと諦められていた時、2013年チームを救ったのは小さな巨人という愛称で親しまれているプレーヤー、ネイト・ロビンソンです。
身長はバスケットボールのプレーヤーとしては小柄な175センチしかないものの、かつてのようにシカゴ・ブルズの消滅と背中合わせになっている状況を打破した救世主です。

プレイオフ1回戦ブルックリン・ネッツ第4戦に第4クォーター残り3分で14点を追いかける状況において、敗れるのが分かった様な空気の中、ネイト・ロビンソンは2分間で連続12得点を奪って2点差まで追い上げました。この試合に勝利したシカゴ・ブルズは勢いを増し、ブルックリン・ネッツを4勝3敗で撃破します。カンファレンス・セミファイナル進出の原動力となりました。さらに対マイアミ・ヒート第1戦でも、ロビンソンはハーフタイム前にくちびるを10針縫う傷を負いながらも、後半だけで24得点を挙げる大活躍するなどチームに大きな貢献をもたらしました。

ネイト・ロビンソン

2016-17のシーズン成績

ジミー・バトラー

2016-17のシーズン成績は41勝41敗
この成績の原因はジミー・バトラーを、ミネソタ・ティンバーウルブズにトレードしたからである、とも言われています。
ガー・フォーマンGMとジョン・パクソン球団社長は、再建を進めるのに相応しい人物であるか疑問に思うところです。
フォーマンGMとパクソン球団社長は、数年前に強豪チームを作り上げた実績がありますが、ローズがひざを痛めて崩壊。
これは2人の責任ではありませんが、ローズが回復段階にいた頃もブルズは競争力を維持していました。
近年のフォーマンGMとパクソン球団社長は何もしていないように思えます。

クリス・ダン

ザック・ラヴィーン

チームが強くなるにはクリス・ダンザック・ラヴィーンがチームのメインプレイヤーに成長すれば、シカゴ・ブルズは次の時代に進めることでしょう。

 

 

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