ブルックリン・ネッツがNBAで強豪チームになれた経緯

NBAで最近苦戦を強いられているブルックリン・ネッツを調査しました。

 

ブルックリン・ネッツとは?

ブルックリン・ネッツというチーム名からも分かるように、アメリカのニューヨークのブルックリンを本拠地としており、ネッツというのはバスケットボールにおけるゴールネットの事を指す事に加え、創設した際に同じくニューヨークに存在していた2つの名称に掛け合わせています。

ただし、ブルックリン・ネッツと名乗るようになったのは2012年にブルックリンに本拠地を移してからであり、その前はニュージャージーという名称を使用していました。

チーム創設後

ジュリアス・アービング

創設してから数年の間はディビジョンにて下位に位置する事が多く、成績が良い時でも中位程度であり上位に食い込む事はありませんでした。

1972年はファイナルまで駒を進める事ができたものの、カロライナ・クーガーズを前にして敗退してしまい、勝ち進む事ができなかった責任を取って代表がチームを去り暗雲が立ち込めたものの、翌年の1973年にはジュリアス・アービングをトレードにて得る事に成功し、1年目からMVPを獲得するという期待通りの活躍を見せ、ブルックリン・ネッツを初タイトル獲得に導いた実績があります。

輝かしい成績は1度のみに限らず、ジュリアス・アービングは1976年においてもMVPを得ておりファイナルで強豪チームに快勝し2度目となる優勝を飾りました。

ジュリアス・アービング

黄金期

ジェイソン・キッド

そうしたブルックリン・ネッツが歴史の中でターニングポイントと言える大きな動きをしたのが2001年のシーズンが終了した後であり、ブルックリン・ネッツでプレイしていたステフォン・マーブリーとトレードでジェイソン・キッドを獲得した事です。

ジェイソン・キッドはNBAで屈指のポイントガードであり、対戦するチームは一人に対し複数人のプレイヤーを担当させる計画に変更するといった独自の対策を立てる程の能力を持っていました。

ジェイソン・キッド

前評判としてはブルックリン・ネッツの風土には合わず本領発揮が難しいという見方もありましたが、いざ実戦投入されると素晴らしいリーダーシップを見せつけ、ブルックリン・ネッツを東地区で最も強いチームにし52勝を獲得しました。

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