Tribute to ジミー・バトラー~第12話”NBA選手へ”part 2~

さて、ここまでは先の記事でも書かれているが、ジミー・バトラーは選手として念願のデビューを果たしはしたものの、二年目に至るまでの間、元々ドラフトでも下位にあったこともあって、特に目立った動きや活躍は見られなかった。試合そのものには出場していたが、スタートは常にベンチ要員であり、言い方を変えれば「交代のための選手」であり、言わば一軍ではない立場としてチームの片隅から試合を眺め、時折出場していた、という状態だった。

■控え選手からの脱却

バスケットボールはサッカーなどと同じく、常に動き回るスポーツであるため、控えや二軍のような立場でも交代で場に出ることは珍しくない。むしろ控えの選手も含めた、チームの運営が求められる。そんな中でスタープレーヤーとして大輪の花、いや、華を咲かせるには、まだ冬の雪の下で開花をまつつぼみのように、ジミーはじっとその時を待っていた。当時のブルズにおけるヘッドコーチのシボドーは、ルーキーを積極的に使うよりは、手堅いベテランを使う傾向があることで有名だった。つまり、まだプロになりたてのジミーにはコートに立つことが極めて限られた状況となっていた。だが、当時のジミーは名門、シカゴ・ブルズのベンチに居場所があるというだけで、とても感謝しているという旨の言葉を残している。常に逆境と苦難の中にあって、その全てに耐え抜いてきた。そのハングリースピリッツこそがアメリカのスター選手としては珍しい程に謙虚な姿勢を貫くジミーという選手を形作ってきたと言えるだろう。地味ではあっても、誰もが憧れるプロとしてバスケットボールを仕事にする。それが彼にとって如何にありがたいものであったかは、想像に難くない。そんなジミーだが、2011年にチームに入って以来、1試合辺りの出場平均時間は8.5分という、せいぜい10分にも満たないものだった。しかし、その短い出場時間の中でも、ヘッドコーチであるシボドーはジミーの活躍を目ざとくキャッチし、確かな実力を見定めている。それは、2012年のシーズンが始まってから、シボドーの評価の向上と共に、ジミー自身が徐々に頭角を現し始めたことで明らかとなる。


極めて限られた出場時間ながらも、彼自身は手堅く自分のキャリア、実力を周囲に示すようになっていた。ジミーは、自分の持つプレイのスタイルの正しい姿勢、或いは持久力などの基礎について、足りないと指摘された部分をきちんと前向きにとらえ、華やかに見える攻めの部分だけではなく、むしろディフェンスをきちんとこなすことを重点的に考え、体を作っていった。
やがて、プロ入りから二年目を迎えたが、当然のように最初は前年と同じく、ベンチ要員からジミーの試合は始まる。しかし、そこで転機が訪れた。チームとしては痛手ではあったのだが、一軍として活躍していたルオル・デンが怪我により一時的に休養を余儀なくされることとなったのだ。必然的にベンチ要員だった選手達にスポットが当たることとなり、ルーキーだった選手達にはまたとないチャンスが生まれたのだ。これにより、バトラーが今までとは違い、長い時間の試合への出場を果たすこととなる。
最初の頃は手堅い、悪くない、だが、それ以上でも以下でもないという、荒削りの原石として、まだ彼が本当に輝くダイヤモンドかどうかというのを見極められた人間は少ないというのが当初の評価だった。しかし、プロのプレーヤーとなってからも地道な練習を続けていた彼に、チームメイトのハミルトンが助言をするようになった。人の意見を素直に受け入れ、基礎から見直す謙虚さ、それは天賦の才を持つジミーを成長させるきっかけとなっていく。また、守備についても定評が有りながら、攻めも可能、攻守共に問題無く、スリーポイントを安定して決めるスタープレーヤーとして、いよいよ華が咲き始める。


基本的には、スポーツ選手はどん欲でなくてはならない。一点でも多く勝ち取り、素晴らしい攻撃だけではなく、守備でも観客を魅了し、常に輝いている。賞賛と羨望を一身に集める、それこそがスターであることだ。ましてやアメフトに次ぐ人気を持ち、アメリカを象徴するスポーツであるバスケットボールでは、それだけの大金が動く。だからこそ、コーチも選手もスポンサーも、全員が一試合、一分のことにすら血眼になっているのだ。しかし、あくまでもバスケットボールとはチームプレイであって、ソロプレイのスポーツではない。いくら才能があっても、チームとして動く、統率を取ることを忘れては、スターはスターたり得ないのだ。その点を、ジミーは長い下積み、苦労に苦労を重ねるような抑圧された生活の中で、人一倍人と協調し、生きるということに敏感になっていたことだろう。必要な時はその個人としての才能を遺憾なく発揮し、時にはコーチや他の選手との連携をすることで、守備や脇役としてのチームへの貢献を果たす。それこそがジミーに、全てのプレーヤーに求められるものだ。
結果として、ジミーはシーズンの82試合の全てに出場し、20試合はスターターとしての出場を勝ち得ることとなる。


特にディフェンスについては、ベテランの選手達を苦しめることとなる。バトラーのポジションはガードフォワードと呼ばれるものであり、相手チームのエースが攻撃をしてくるのを防ぐようなことが多い。守備は本来控えめ、というわけではないが、攻められている側は防戦を余儀なくされることが多い。しかし、バトラーは逆に、攻めのディフェンスを見せることで、チームになくてはならないポジションを確保していく。
そうした、地味でありながらも、人々の目に留まるプレーをヘッドコーチであるシボドーが見逃すはずがない。ルーキーでありながら、ジミーを翌シーズンからさらなる起用を決意させるには、十分すぎるほどの見せ場を彼は作っていた。与えられた立場にふてくされず、努力と研鑽を怠らない。降って湧いたチャンスに対しては的確に応え、チームを勝利へと導く。ジミーに対するシボドーの信頼は篤くなり、三年目には、ついに出場した67試合に於いて、全てでスターターとして最初からコート入りを果たし、人々を魅了することとなる。まさにルーキーからの大抜擢であり、ルーキーを使わないシボドーをすらもうならせる、スタープレーヤーとしてのジミー・バトラーが開花したのが、まさにこのシーズンからと言えるだろう。
ここからまさにNBAの生けるレジェンド、立身出世とアメリカンドリームの象徴としての輝く星、ジミー・バトラーの物語が始まる。と言いたいところだが、ディフェンスで高い評価を得たジミー・バトラーであっても、オフェンスとしてはまだ未熟さと仮題が残っていた。スタープレーヤーとしての契約を名門、シカゴ・ブルズと結ぶには、プロとしてのハードルは決して彼にとって、いや、全てのバスケットプレーヤーにとって低いものではない。NBAは全米で、あらゆるバスケットボールの天才と言われた人々が集い、形成されたスポーツのリーグであり、ジミー・バトラーはその中の一人に過ぎないのだ。

いよいよ次回は、プロとしての順調なスタートとキャリアとは裏腹の、魔の三年目を迎えたジミーと、彼の抱える今後への課題、そしてその後のジミーの活躍について、さらに深く掘り下げていきたいと思う。現在のジミー・バトラーへとつながるドラマ、そして物語を、読者諸氏と共に紐解いていこう。

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